HOMECOMIC番外編

ターニング・ポイント(2/5)

「そりゃあ酷い男だね、アン。何だってそんな奴と不倫なんてしちゃったのさ」
 「ついさっきまでそんな酷い男だとは思ってなかったのよ」
 お酒の勢いも手伝って、私は少年―アキラに今日の散々な出来事をぶちまけていた。
 アキラというのは確か日本のアニメーションのタイトルだったと思う。偽名か判断できないのは、彼が確かに東洋系の顔立ちをしていたからだ。混血なのかもしれない。
 私はというと、先日リバイバルで『ローマの休日』を観たところだったので、とっさに主人公の王女の名前、アンを名乗った。
 ぐいっとグラスを飲み干すと、残り半分ほどになったボトルに再び手を伸ばした。
 今日はとことん飲むつもりでついにボトルを開けてしまったのだ。といっても、私以上にアキラの方がぐいぐいと飲んでいた。
 「それにしたってさぁ、たかが不倫程度でクビだなんて、いまどき古臭い会社だね」
 「…彼の奥さん、会社のトップの親類なのよ」
 「あちゃあ」
 私の言葉に晶は顔をしかめた。
 「逆玉って奴か。たいした奴だね、女房にコネ作ってもらっときながら、こっそり若い女こさえちゃってさ」
 そう言いながら彼は新たにグラスにお酒を注いでいた。ちょっとちょっと…未成年がまだ飲む気?
 「ねぇアキラ、お酒ほどほどにしておきなさいよ。ティーンのうちからこんなもの覚えてどうするのよ」
 「アンってマジメだね~。とても不倫なんてするようなタイプにゃ見えないね。…まぁいつもそんな服装してりゃ、オッサンが手ぇ出したくもなるだろうけど」
 ふと、自分の服装を眺めてみる。パープルのチューブトップにタイトな白いジャケット、白いミニスカート。ピンヒールのパンプス。ゆるやかに波打つ髪は胸のあたりまである。
 俯いたせいで顔を覆おうとするその髪をアキラはそっと払いのけ、そのままその手で、あろうことか私の胸をぎゅむっと掴んだ。
 「――――――ッ!!!!!」
 「あ、すごい、本物だ。あんまり立派だから作り物かと思った」
 アキラは両手を顔の横で広げながら、にっこりと笑ってそう言ってのけた。
 「きみねぇぇぇっ!!!」
 「あはは、真っ赤になっちゃって、アンって可愛いね」
 無邪気にそういうことを言うな!私は年上だぞ、この助平小僧!…あまりのことに言葉が続かず、私は心の中で力いっぱい叫んだ。
 だけど、不思議とアキラの目にはいやらしいものが感じられない。
 声をかけてくる男は、たいてい品定めでもするかのように人の体をじろじろと不躾に眺め回すものだが…。
 それに、そう…可愛いなんて言われたのは何年ぶりだろう?お酒の力とはいえ、こんな風にあけっぴろげに誰かとおしゃべりしたのも久しぶりなのだ。
 「どしたの?」
 改めて気付く。…私は孤独だったのだ。
 慣れ親しんだ故郷を離れて、寂しくて寂しくて…だから声をかけてくれたあの人にすがりついてしまった…。
 「泣いてもいいよ、アン」
 私の頭をそっと撫で、優しい笑顔をみせるアキラ。
 殺し文句だ。
 今の私は優しくされると弱いんだから…。