HOME > COMIC > 番外編
ターニング・ポイント(5/5)
数ヶ月ぶりに訪れたその店は、変わらず以前と同じように私を迎え入れてくれた。
変わったのは私の方。
ざっくり短くした髪とメガネとぐっと落ち着いた服装…少し地味になった私は、気分だけはまるで知らない新しい店に入るようにドキドキしていた。
昼は喫茶店、夜はバーになるこの店に昼間入るのは初めてだけど、カウンターにはあの馴染みのバーテンがいた。
「あれ?久しぶりだね」
意外にも私に気付いたようだ。
「ずいぶん雰囲気が変わっちゃったね。髪切ったんだ」
「ええそう、この方が秘書っぽく見えるでしょ?」
「ははぁ、転職して職場が変わっちゃんたんだね。それでこのところ見なかったんだ」
そう、この数ヶ月というもの、私の周りはめまぐるしく変化した。
即答しない私に「覚悟を決めてここに来れば、何でも教えてやるよ」といってアキラが残していった住所はミラーグループ本社のものだった。
翌日、解雇連絡を待つのも馬鹿らしくなってきて、腹を決めてそこ向かってみて驚いた。
だけど、驚くのはそれだけではすまなかった。
「ようアリシア、覚悟は決まったかい?」
通された部屋に現れたのは長身の美女。その女性は知っている、最近話題になっている若き天才博士、シェリル・ミラーだ。
だけどその声は…紛れもなく昨日のアキラのものだった。
「なんだい、ボケっとした顔しちゃって。知りたかったんだろう?オレの正体を」
近づいてくる彼女をしっかりと見てみる…くすんだ金髪、緑色の瞳、それにこの悪戯っぽい表情…。私は思わず手を伸ばし、彼女のそれなりに立派な胸を引っつかんだ。
「……本物…」
「あっはっは、男だったらぶっ殺すところだけど、まぁおあいこだな」
やたら高そうなソファに腰掛けるよう私に勧め、アキラ…いや、シェリルはペンと紙をこれまたやたら高そうなデスクに置いた。
「んじゃ、これが契約書。しっかり目を通して疑問があったら言ってくれ。オッケーだったらここにサインな」
「…私まだ退職してないわ…」
驚きが醒めず、呆然としながら私は言った。
「それじゃあこれにサインしたその足で辞表叩きつけに行ってきな」
にっこりと微笑んで、シェリルはそうのたまった。
「先日秘書をクビにしたばっかでね、正直困ってたんだ。オレはスケジュール管理は嫌いだし、書類仕事も好きじゃない。第一、いろいろ手を広げすぎちまって裁くのが大変なんだ。だから出来る人間に仕切ってもらうのが一番なんだけど、オヤジが押し付けてきた秘書ときたら、見映えだけが取り柄の能無し男でね。逆玉狙いの下心が見え見えでわざとらしく肩やら腰やらに手ぇ回してくるから、阿呆にもよくわかるように秘書たるものの節度というものを叩き込んでやったのさ。16の小娘を誑かすのなんてチョロいと思ったんだろうけど、このオレ相手に分不相応極まりない。鏡を見るたびに己の過ちを思い出すだろうよ。」
一体彼をどんな目にあわせたのか聞こうとしたがやめた。大体察しがつく…。顔すら知らぬ無謀な男性に、私は心の中で合掌した。
「だから秘書にするなら頭のいい女にしようと決めてたんだ。思わぬところであんたを拾えてよかったよ、アリシア」
彼女の秘書という仕事は想像していたよりずっとハードだった。
その職に就いて以来、私は彼女のスケジュール管理と書類整理のみならず、研究文献(これがまたちんぷんかんぷんの専門書でタイトルを理解することも難しい)集めには駆り出されるし、セキュリティシステムの強化にもつきあわされるし(このあたりは本来の領分なのでとても楽しい)、挙句の果てに子会社にハッキングまでさせられた。犯罪行為を助長する社長でいいのだろうか…そもそも自分のところの子会社の不正をハッキングして暴こうとするなんて吹っ飛んでるにもほどがある…。
「前より充実してそうだね。顔を出してくれないのは残念だけど」
カプチーノを出しながら、バーテンはにこやかに言った。そこに騒々しく乱入してきたのは他ならぬ私の雇い主だった。
「いた!アリシア!やっぱここだったか」
「社長!どうしたんですか、学会はこれからじゃないんですか?」
「狂信的な保護団体が乱入してきて延期になったよ。ったく、こっちの都合も考えずにやらかしてくれるよなぁ」
遺伝子工学を専門にしているせいで過激な自然保護団体に狙われたり、それでなくてもミラーグループの娘というだけで誘拐されかかったりと、彼女の身の回りは何かと危険だらけだった。
「ホラ、とっとと帰るぞアリシア。こんなところで時間を無駄にしてたまるか」
「はいはい、参りましょう」
突如現れたシェリルと私を見比べて、わけがわからず目を白黒させているバーテンを残し、私達は店をあとにした。
「あのバーテン、アリシアに気があるね。もっと店に通ってやったらどう?」
「妙なこと言わないでください、彼に失礼ですよ。それにもう当分男はこりごりです」
赤信号で車を止め、私は後部座席でニヤニヤ笑うシェリルをたしなめるように睨んでやった。
辞表を叩きつけて、会社と共に彼ともおさらばしたけれど、彼の方は喉元過ぎればなんとやら、最近頻繁に電話を寄越してくる。もちろん、私は誘いに応じるような馬鹿はしない。新しい女でも見つければいいんだわ。
(もっとも、今度も絶対バレるでしょうけど…そうなったら今度こそ身の破滅ね)
次の休みこそ携帯電話を変えにいこう。いつまでもこの番号でいるから、煩わしい電話を受けなきゃいけないんだわ。
そう思うのはこれが初めてではないのだけれど、貴重な休みはもっと差し迫ったことに消化されてしまうのだ。…まったく、彼女の保証どおり、毎日退屈だけはしない。
「オレ寝てくわ。着いたら起こして」
そう言い置いて、シェリルは座席にごろっと横になった。エネルギーのあり余ってるティーンエイジャーとはいえ、昨日は原稿の手直しをして徹夜だったのだ。
二十歳前には見えないシェリル・ミラー博士も、リラックスした姿は年相応に見える。あの人生最悪の日に声をかけてきた、「少年」の年頃に…。
それにしても、と思う。
(あのときあの「少年」に、恋したりしなくてよかったわ…)
つくづく、力いっぱい、そう思う。ハンドルを握る手につい力がこもる。
(ホントに、もうっ、大人をからかって!!今度どこかであんな真似したら絶対、絶対許さないんだから!!)
誰かが「彼」に本気でのぼせあがったらシャレにもならない。
そんな私の気も知らず、罪作りな少女は後部座席でもうすやすやと寝息を立てている。
その姿を確認し、心なしか安心する。
信号が変わった。
私は再び車を走らせた。
~The END~
というわけで、晶×アリシア出会い編でした~!
(×って、なんか使い方激しく間違ってる気がしますが…笑)
いやもう、このイラストは一枚描いておきたくて!!!(爆笑)
お色気アリシア嬢と少年晶の絡みイラスト!!(爆)
この絵だとわかりにくいですが、晶ちょっとだけ髪短いです。
時期的には16になったばかりくらいの頃です。
しかしまぁあんまり今と変わらないですね…(^^;)
それはともかくアリシアさん。
彼女の一人称で書かれたお話ですが、思いのほか書きやすかったです。
それにしても、なんか過去色々ありそうですよね、この人(笑)
遠距離恋愛とかしてたみたいですし。
相手、どんなだったんでしょうね…(考えてない^^;)