HOMECOMIC番外編

ターニング・ポイント(4/5)

わずかに残っていた酒気が一気にどこかに吹っ飛んだ。そんな私の反応にアキラは満足そうな表情を見せる。
 「ど…どうして私の名前…っ…私教えた!?」
 「いや。声かけたときから知ってたよ、ミス・マードック。オレはあんたを捕まえに来たんだ」
 余裕たっぷりのその顔が、今はとても小憎たらしく見える。
 「捕まえにって…」
 「このウィルス…これを見るためにあんたに近づいたのさ。いざとなったら一服盛ろうと思ってたんだけど、あっさり酔いつぶれてくれたから手間が省けたよ」
 あっさりととんでもないことを言ってのける。
 「あんた一昨日ミラーグループのコンピュータにハッキングしただろう?…もっとも、あれはハッカー寄せの囮ファイルだけどね。このウィルスはあそこに仕掛けられた罠…侵入者の元に潜んで、パソコンを再起動したときに姿を現わす…そういう仕掛けなんだ。すなわちこれはハッキングの動かぬ証拠…これが現れたのは、ミラーに侵入してからだろう?」
 そう言いながらアキラはどこからともなく取りだしたCD-ROMを挿入し、軽やかにキーボードに指を走らせている。
 あっというまに画面の砂嵐は消え去った。それから自動的に再起動…正常のOSが起動されている。
 「ハイ、いっちょあがり」
 「あ…あなた何者なの…?」
 「何者だと思う?」
 逆に問い返されて、改めて彼を眺める。どう見たってどこにでもいる普通の高校生、ちょっと綺麗な普通の男の子に見えた。
 ところがその彼が、私の侵入経路を辿って、私の居場所を突き止めてきたっていうの…?
 「オレよりもあんたのほうが謎だね、ミス・マードック。とてもハッカーには見えない。それだけの腕なら相当稼いでるだろうのに、こんな慎ましい暮らし振りだし…まぁ他のところに金かける奴もいるけど、その胸は本物だし、顔も作った風じゃないし…」
 「ちょっと!人を犯罪者みたいに言わないでよ!そりゃ…ハッキングはするけど、それを悪用したことなんてないわよ!!」
 そういうと、アキラはさも意外そうにまじまじと私を眺めるのだった。
 「するとなにか?それだけの腕があるっていうのに…侵入するだけ?」
 「侵入するのが面白いだけよ!」
 「あんたはバカか?持ってくとこに持ってけば情報をいくらで売れると思ってる?」
 「だって、それは犯罪じゃないの!」
 一瞬の沈黙。それを先に破ったのはアキラだった。
 「…………ぶっ。あんた、おかしな奴だなーっ!」
 私の答えがお気に召したらしく、アキラはお腹を抱えて大笑いし始めた。
 「…それで?一体私をどうする気?お巡りさんにでも突き出す?」
 私は腕組みして開き直って、しつこく笑いつづける小憎たらしい少年を、憮然とした表情で睨みつけた。
 「そうだなぁ~FBIには知り合いもいるし、このオレの作ったセキュリティを突破するような腕前だ、放置しておくのは危険すぎるよな?…突き出すつもりでいたんだけど」
 そこで言葉を切ると、笑いをおさめてじっと私を見つめた。
 「気が変わった。あんたさ、オレの秘書やらない?」
 「は………?」
 その言葉を消化するのに、多少の時間が必要だった。…かーっと、頭に血が上るのがわかる。
 「……このエロガキッ!!弱みに付け込んでそういう…」
 「違うって。言葉通りの意味だよ。もったいないと思ったんだ、MIT卒業、語学にも堪能、資格もいっぱい持ってる才媛があんな業績不振の弱小ソフト開発会社でたいした仕事も与えられずにいるなんてさ。そりゃあ鬱憤がたまってついついヤバいことしてみたくもなるよなぁ」
 …一体どこまで調べたのよ、この子。
 「オレならもっといい条件で雇うぜ?イエスと言いなよ、アリシア」
 「秘書だなんて…だ、だって私はソフト開発に携わりたくて故郷を離れて…」
 「初心貫徹もいいけどさ、ほんとはとっくに見切りをつけてるんじゃない?その業界に。それにあんた、不倫がバレてどうせクビだろう?ちょうどいいと思うんだけどなぁ」
 「……あなた、何者なの?」
 改めて、私は問いかけた。
 「イエスと言ってくれたら教えてあげる。ま、言ってくれなきゃFBI行きだね」
 悪戯っ子の表情に戻って、さりげなく脅迫まがいのことを言う。
 「…あんた、退屈なんだろう?アリシア」
 その言葉に、私は息を詰まらせる…。
 「オレについてくれば退屈はしない。刺激たっぷりの毎日を保証するぜ?いつまでも憤懣抱えて生きててどうする?チャンスはあるんだ、自分の人生は自分で変えな」