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100番目の恋(2/4)
高見沢詩織は他の中学から三ツ葉学園高等部に編入してきた新入生だ。
エスカレーター式の三ツ葉学園ではこれは少数派なのだが、どうやら淳を慕って転校してきたらしい。
彼女の出身中学はこの界隈では有名なお嬢様学校だが、阿部のチェックする限りお嬢を鼻にかけてつんと澄ました少女が多く、恐れ多くてお近付きにもなれないイメージだった。もっとも、それでなくても校門に屈強なガードマンが立つこの学校は、そこで育つ花たちに悪い虫を近づけたりしないのだが…。
その中学の生徒のほとんどが試験なしで入学できる姉妹校(もちろんこれもお嬢様学校だ)に進学するのだが、こっそり淳に探りを入れたところ、どうやらクラスメートにいびられてドロップアウトしたのだという。
確かに詩織は、ほんわかとした雰囲気に育ちのよさが窺えるものの、あの学校のイメージにはそぐわないのであった。
ここ三ツ葉学園は自由な校風を売りにする一方で、実力主義な面がある。
すなわち、一芸に秀でてさえいれば他のことには目をつぶってあげるよ~ん、ということだ。そのおかげで、髪をなんとかしなければ進学できないと中学で散々言われた阿部や仲代でも入学できたわけである。
…とはいえ。
この校風を快く思っていない教師もいるわけで、阿部の頭に文句を言いたそうな教師はもちろんいる。
英語担当、新体操部顧問の小西先生(そこそこ美人だが、男勝りで熱血なのが玉に瑕だと阿部は思う…)のように「いつ見ても派手な頭だよね~!この色だと根元黒くなったらなんて呼ぶのかな~プリンって呼べないしねぇ。ま、ほどほどにしときなよこういうのは。せっかく頭いいのに損しちゃうぞ」…などとむしろ好意的にスパッと言ってくる教師はいい。
問題は古参の数学教師遠藤のように、ねちねちとやってくるタイプだ。
わざと難題をふっかけ、解答できないとそれ見たことか、と言う感じでいちいち髪のことを引き合いに出してくるのである。かといって正解を言うと、苦虫をまとめて潰したような顔をしやがるのだ。
とにかくこのじじいの鼻を明かすためにも数学で失敗は出来ない。元々得意だった数学にさらに磨きがかかってしまう阿部であった…これを怪我の功名というべきか…。
春のうららかな午後は昼寝にはもってこいである。
この穏やかな陽射しに背を向けて、遠藤との果てしない戦いに身を投じるのはあまりに虚しい…そんなわけで阿部は久しぶりに授業をサボって、マンガ雑誌片手に中庭にやってきた。
そこのベンチは校舎の間にあるが昼間は日当たりがいい。なかなか快適なスペースだ。
「あれ、阿部先輩。そんなところでなにやってらっしゃるんですか?授業始まってますよ」
(…げ)
こちらを見て立っているのは紛れもなく高見沢詩織であった。ジャージ姿である。体育の授業中なのだろう。いくつかハンドボールを抱えているところを見ると、どうやら数が足りなくて用具倉庫に取りに行ってきたらしい。
(よりによってこんなところを見られてしまった…)
不覚である。
「いや~その…天気がいいので課外授業を…」
「なに持ってらっしゃるんですか?あ、マンガですね」
もはや言い逃れは出来ないところまできてしまったようだ…。詩織はくすくす笑いながら問いかけた。
「サボりですか?阿部先輩。なんの授業だったんです?」
「遠藤の数学」
「ああ…遠藤先生」
なんとなく納得、といった表情であった。
「遠藤先生、ちょっと分け隔てのある方ですものね。阿部先輩、睨まれてらっしゃるんでしょう?」
どうやら彼女の数学担当も遠藤先生らしい。だがしかし、詩織はむしろ贔屓されてるほうだろう。
「このお天気ですものね、教室で数式見てるよりは日向ぼっこでもしたいですよね」
そう言って詩織は、降り注ぐ春の陽射しより暖かな笑顔を見せた。
「ところで阿部先輩、私そういう本って読んだことないんです。今度見せていただけますか?」
「あぁ、部室においてあるから、また見にくるといいよ」
「はいっ!じゃあ今度伺いますね。あ、次の授業はちゃんと出てくださいね」
ボールを抱え直して、詩織は走り去っていった。
一所懸命、といった様子がなんとも微笑ましい。
一瞬、体育の授業を覗き見にでも行こうかと思ったが、さすがにそれはマズいだろうと自粛する阿部であった…。
「詩織~遅かったじゃない、ボール、どこにあるか分からなかった?」
クラスメイトにボールを渡しながら、詩織は問い掛けに答えた。
「ボールはすぐわかったんだけど、途中の中庭で阿部先輩に会っておしゃべりしちゃって…ごめんね」
「えぇ!?阿部先輩?」
微かな動揺がそこにはあった。
「阿部先輩って、軽音のあの紫の頭の人だよね?詩織よくあの人と話なんかできるよね~怖そうじゃない、見るからにヤバそう」
「そうかなぁ?別に怖い人じゃないんだけど。明るくて優しいし、それに凄く頭がいいのよ。この間化学教えてもらったんだけど、分かりやすかったわ」
「詩織………あんた大物だわ…」
皆が遠巻きに眺めることしかできない淳に、いとも簡単に話し掛けることができるだけでなく、あの軽音部員たちとも和気あいあいとできるとは…!
妙なところでみんなに一目置かれてしまっている事に、もちろん本人は気付いていない。
天然ボケの度合いは、彼女が慕っている先輩とさほど変わらないようである…。