父たちの肖像(1)

 9月も半ばにさしかかろうというのにやけに暑い一日、その喫茶店の一番奥ではきちんとスーツを着た男が一人、文庫本片手にコーヒーを飲んでいた。
 店内の客はほとんどが若者で、親父臭さを感じさせない爽やかでダンディな雰囲気を纏っているとはいえ、スーツを着込んだその男はやや浮いていると言わざるをえない。
 だからこそその男も、すぐに彼…沢村洋の存在に気付いたのだろう。
 友人である彼の存在に。
 「よう、久しぶり」
 頭上からの声に文庫本から顔を上げ、洋は声の主を確認する…。
 「武弘!久しぶりだな」
 瀬川武弘はにんまりと笑顔を作り、洋の向かいにどかりと座った。

SIDE-A; 


 沢村洋は小学校時代からの友人だ。
 洋は言うなれば学級委員タイプで、成績優秀、品行方正、挙句の果てにスポーツもそつなくこなし、人当たりもよく、はにかんだ笑顔が可愛いわキャー…などと女どもに騒がれる、こうして再認識してみるとなんだか腹が立ってくる男なのだが、老若男女問わずまったくナチュラル、まったく公平に接している姿を見ると、腹を立てるのも馬鹿馬鹿しくなったものだ。
 そんな洋と俺に共通点があるとはあまり思えないが、俺たちはなんだかウマが合った。

 俺は友人は多い方だが、数年前離婚を決心したとき説教をしにきたのは、この沢村洋ただ一人だった。
 (義武くんと由希ちゃんが可哀相だろう…?もっとよく考えろよ)
 …そう言って、親たるものの責任について懇々と語っていったものである。
 洋は親父の道場によく顔を出すおかげで、俺と女房のケンカを嫌って避難していた子供たちともすっかり打ち解けていた(もっとも、昔の由希は人見知りが激しかったので打ち解けていたかは謎だ)。
 義武なんぞ実の父たる俺よりも洋に懐いている始末だ。
 以前、俺があんまり家の中を散らかすので怒ってきた義武に、こう言ってやったことがある。
 「義武、おまえが細かすぎるんだぞ。男なんてこのくらいが普通だ。洋の奴だって、家は散らかってるぞ、絶対」
 その俺の言葉に、一体誰に似たのか(だが男前なのは間違いなく俺に似たんだぞ!)えらく真面目なあの息子は「沢村さんと親父は違うよ」…と冷たく言い放ったのだった…。
 …か…可愛くない……。
 まぁそう、義武の言う通り、確かに洋の家は綺麗なもんだろうさ…しかし少しは父に同調してくれたっていいじゃないか!
 そんな俺の気も知らず、目の前の洋はコーヒー片手ににこやかにしている。
 ……ええい、なんだか腹立たしい…。
 ふと、先月の終りに一緒にお茶をした洋の娘のことを思い出した。
 沢村淳ちゃん。
 やたらめったら綺麗な子だった。
 そう、俺はすっかり忘れていたが、洋も結婚しているし、子供もいたのだ。

 洋の奥方のことは実はあまり覚えていない。確か一度挨拶しただけだ。
 印象として残っているのは、とんでもない美人だったということ。
 そして、目映いばかりの金髪だったこと…ハーフだという話だった。
 職業柄美人に縁がある俺が長年の経験で気付いたのだが、パーツの整いすぎた美人というのは意外と記憶に残らないのだ。どこかに特徴ががあった方がいい。
 それにまぁ俺の好みはグレース・ケリーよりマリリン・モンロー、カトリーヌ・ドヌーブよりブリジット・バルドー…って感じだからな。わかるかな?
 そんな俺から見ると彼女は硬質の美貌を纏った近寄りがたい美女だったわけだ。
 先日の淳ちゃんの話では、仕事の関係で彼女はアメリカで暮らすことになったとか(だがいまいち歯切れの悪い淳ちゃんの話し振りからすると、なにか別の事情がありそうな気がしたが…)。
 洋の奴、よくまぁそんな別居生活を続けられるよなぁ…しかも浮気ひとつせずに。
 俺には無理だね、絶対。

 「そういえば洋、ウチの息子が世話になってるらしいな」
 「…なんの話だ?」
 一瞬間を置きつつも洋は平静を装って穏やかに返した。
 「とぼけるなよ。俺に隠しておくように義武に頼まれたのか?あいつ、おまえんちにいるんだろ?」
 そこまで言われて観念したのか、肩をすくめて白状した。
 「やれやれ…義武くん、知られたくなさそうだったから黙ってたんだけどな。誰に聞いたんだ?武弘」
 「おまえの娘」
 ガシャン!
 俺の言葉が予想外だったらしく、手元のコーヒーカップが派手な音を立てた。
 「会……ったのか?淳に…?」
 おやおや。
 こいつがこんなに動揺する姿なんて、俺は初めて見たね。
 「そう淳ちゃん。か〜わいい子じゃないか」
 そういえば、こいつはまだ淳ちゃんに会ってないって話だったよな。
 ふっふっふ…悔しがるがいい。積年の恨みを今こそ晴らさせてもらおうじゃないか。
 …二の句が継げずにいる洋を見て、俺はほくそ笑んだのだった。

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