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父たちの肖像(3)
「アイスコーヒー、お待たせしました」
店内の片隅でなにやら不穏なムードを漂わせはじめた男性たちに、ウェイターは興味津々の様子でアイスコーヒーを運んでいった。
このオーダーをしたのはあとから来た男性である。
やや崩れたオールバックにポロシャツ、チノパン。見るからに軽そうな、色気のある親父だ。
彼はわりとよく来る客で、来るたび違う女の子(しかもみんなレベルが高い)を連れているのでウェイターもよく覚えていた。
一方、十数分前からひっそりと文庫本を広げ、ホットを飲んでいる男性は初めて見る客だ。
さっぱりと分けた髪、綺麗に整った口ひげ、きちんとプレスされたスーツ…。
管理職のサラリーマンのように見えるが、やたら背が高く体格がいいのがなんだかミスマッチで、明らかにアイスコーヒーの男性とは職種が違う。
(なにを話してるんだろう…)
ウェイターはこっそりと聞き耳を立てつつ、テーブルをあとにした。
「…それで、一体どこでどうして淳と会ったんだ?」
洋は広げていた文庫本をパタンと閉じて手元に置いた。その勢いでひらりと短冊状の紙が舞った。
…しおりを挟み忘れている。だがそれに気付いてないらしい。
「いやなに、デパートで偶然…な」
動揺している洋の姿に満足そうに顔を歪めた武弘は、ふと彼の胸元に視線をやった。
そのネクタイには見覚えがあった。
「そのネクタイ…」
「え?ああこれは…淳にもらったんだ」
とたんに相好を崩した洋を見て、武弘は消えかけていたジェラシーの炎が再燃するのを感じた。
(く…っ、こいつ幸せそうな顔しやがって…!!どうせ義武が俺になにかくれたことなんて…そ、そういえばないよな!?…ないぞ!!あ…っあいつ~~~ッ)
義理堅い洋の娘とは対照的な息子の淡白さに怒りすら覚え、武弘はアイスコーヒーのグラスを持つ手をふるふると震わせた。
「我が娘ながらなかなかいいセンスだと思わないか?よく似合うって周りにも言われるんだ」
…という洋の言葉に、武弘は微かな突破口を見出した。
「へぇぇぇ、俺の見立てがよかったんだな」
「…は?」
「なにしろ淳ちゃんはおまえの顔も知らないっていうから、俺が似合いそうな色を教えてやったのさ。まぁ、結局それを選んだのは淳ちゃんだけどな」
喜びに水を差された洋の姿に、武弘はそっと気分を昂揚させつつ、
(でも由希は父の日とかプレゼントしてくれたよな。うん、そうだそうだ、やっぱり娘はそうなんだよな!そういや俺だって親父になんかやったことなんてないし!)
「あ、おにーちゃんサンドイッチちょうだい。ハムサンドね」
テーブルの脇を通り過ぎたウェイターにオーダーを告げた。
(そうか、そうだよな、私に会ったことがないのにこれだけぴったりのものを選んできたのにはやっぱり理由があったんだな…。でもどうせなら、私自身に聞いてくれればいいのに…いやいや、あの子はまだ私には会わないと言っているわけだから…)
ぐるぐるとはまり込んでしまいそうになった洋は、この際話題を変えることにした。
「…サンドイッチといえば…義武くんの作るカツサンドは絶品だね」
「…へ?なんでおまえがそんなこと知ってるんだ、洋」
「なんでって…時々マスターのかわりに作ってるから…」
(しまった…!!義武くんがバイトしてるってことも知らなかったのか、武弘…)
義武くん、ごめん…!!
己の失言に青くなりかけながら、なんとか話を反らそうとする洋だったが、
「いや~おまえもそう思うだろ洋!あのカツサンドは最高だ!義武の作るものはなんでも美味いけどなっ」
…どうやら武弘はその部分には気付かなかったらしい…。
「可哀想になぁ洋、おまえ淳ちゃんの手料理なんて食ったことないんだろう」
なんだか得意げな武弘の様子に、洋はまさかの可能性に思い当たって問いただした。
「な…っまさかおまえは食べたのか!?」
「いいや、食べちゃいないが…まぁウチの義武が作るものより美味いってことはないだろうな」
(なんたってあいつの料理の腕はプロ並みだからな!勝てるもんなら勝ってみろ!ふっふっふ…)
おかしなところで勝負意識が芽生えている武弘であった…。
「そ…そんなことはない!!祥子は料理が上手かった!私も上手い方だ!!…となれば、淳だってきっと…きっと…!!」
…とはいえ、娘の家事能力に不安を感じ、義武に家事担当を頼んだ洋は強く出ることができない…。
(く……っ!!こ、ここで負けては父として淳に合わせる顔がない!!勝たねば…っ!!なんとしても勝たねば!!)
「そ…そもそも武弘!義武くんが男の子でありながらああも所帯じみてしまったのはおまえのせいなんだぞ!おまえが何もやってやらないからああなってしまったんじゃないか。可哀想だと思わないのか!?」
彼に家事をお願いしてしまった洋が、自分のことは棚に上げて反撃に出た。
「なにを言う、今の世の中男だってあれくらい出来なきゃやっていけん!俺はあいつのためを思ってぐーたらしてやったんだ」
痛いところを突かれた武弘は残りわずかのアイスコーヒーを一気に飲み干し、開き直った。
「だいたいいまどきの女の子なんて、家事もロクにできないし派手好きの浪費家ばかりだ。そんな女の子に負ける男ではいけない!その点義武はバッチリだ。まさに俺のおかげじゃないか」
「武弘、それは偏見というものだ。なにもそんな女の子ばかりじゃないぞ。うちの娘はみんないい子だ。自分の意志がしっかりしていて、思いやりがあって…」
「へぇ~まだ会ったこともないってのによく言えるなぁ」
「……!!あ、会わなくたってわかる!!人柄というのはちょっと話しただけでも滲み出てくるんだよ!」
まだ見ぬ娘を思って切なくなりながら、洋はコーヒーをぐいっと煽った。
熱い…。舌がヒリヒリするが、彼は頑張って耐えた…。
「思いやりがあるのはうちの子たちだって!!義武は文句言いながらもちゃんと俺にかまってくれるし、由希だって心の片隅でいつも父親を恋しがっているに違いない!」
「なにおう、私の娘たちだって…!!!」
…今まさに二人が激突しようとしたその時…
「…あの~ハムサンドお待たせしました~」
ウエイターの言葉にはっと我に返った二人は、店内の視線が自分たちに集中していることにようやく気付いたのだった…。
(ただでさえ目立ってるのに、声を張り上げて…)
(だんだんエキサイトしてくるからどうなるかと…)
(どんな深刻な話をしてるのかと思えば…)
(結局話の内容は…)
………親バカ親父たちの子供自慢―…。
(ア…アホか、この親父たちはーーーッ!!)
………店内は、なんとも言いがたい沈黙に支配された…。
「…あ~ぁ、もう恥ずかしくてあの店には入れん…」
「武弘、おまえに羞恥心なんてあったのか…」
「オイ、俺をなんだと思ってるんだ洋!…ったく、あの店はケーキとパフェが美味いから女の子連れてるとき重宝してたのになぁ~…息子自慢してたなんてことがもし耳に入ったりしたら口説きにくくなるじゃないか」
「……!!武弘、おまえ相変わらずそういう…っ!!」
「いいんだよ!俺は独身なんだから!若い女の子とお茶しようがラブホに行こうが、なんの問題もないんだからな!」
「いいや、ある!!おまえ、父親としての自覚と責任というものを…」
残暑厳しい9月の昼下がり、二人の男が雑踏の中言い合いを続けている…。
このあと彼らの言い合いがどのくらい続いたのか定かではないが、次に会うときには二人とも、今日のことなどさっぱり忘れていることだろう…。
…こうして、腐れ縁は続くのであった。
~The END~