初恋騒動

 ごくごく普通の夕方…のはずだった。
 義武は学校帰りにガンマンでバイトをし、淳と晶が馴染みのカウンター席でコーヒーを飲みながら雑誌を広げている。
 マスターは彼らになにかと世話を焼きながら、テキパキと調理をしていた。
 …そこに仕事帰りのまりあがやってきた。
 荷物が多いところをみると今晩は泊まって行くつもりなのだろう、彼女は荷物を置くため、居住部分になっているガンマンの二階に上がっていった。
 …そう、そんないつも通りの夕方……。
 ―と。

 ダダダダダダダダダダンダンダンッ!!!!

 ものすごい勢いで階段を駆け下りてくる音が聞こえるのだった…。
 「まりあっ!なにやってんだ営業中なんだぞっ!静かにしろ!」
 店主らしくマスターが叱りつけるが、常連客たちは「まりあちゃんが駆け下りる音くらい可愛いもんだって!目くじら立てなさんなよ、マスター」…と、いたって寛容だったりする。
 そこへ、これまたものすごい勢いでドアを開けてまりあが入ってきた。
 「てるちゃんっ!!!この写真なに!?誰なのこの子はっ!!!」
 なんだか必死の形相で、まりあはマスターの鼻先に手にした写真をずいっと突きつけた。
 店内の面々が彼女の手元に注目する…が、なにが写っているのかはさすが見てとれない。
 「………!!!!おま…っそれ…どうして…っ」
 青くなって赤くなって…と忙しく顔色を変化させたマスターが、慌ててまりあから写真をもぎ取った。
 「…………なの?」
 「…は?」
 俯いて発せられた言葉がよく聞き取れず、赤くなったままのマスターが聞き返す。

 「その子、てるちゃんの初恋相手なの!?どうなのっ!!??」

 「はつこいーーーーーーーっ!!??」

 店内は大騒動に見舞われた。
 「見せてっ!!見せてその写真、どんな子なの!?」
 「マスター可愛いことするじゃないか、そういう写真なんか持ってたのか!?」
 「っていうか、まりあちゃんの前に惚れた女がいたのか!?意外だなぁ〜」
 「……!!!別にまりあに惚れちゃいねぇよっ!!!」
 …こんな状況下でも律義に応答するマスターであった…ただし相変わらず顔が赤い。
 しかし、まりあは逆にどんどん顔を強張らせてゆく……。
 「そうよね…そんな子が好みなんだ…あたしなんかあたしなんか…っ全然タイプが違うしっ」
 「違うっ!これはおまえが思ってるようなのじゃないっ!!これは…これは…っ…」
 「じゃあなんでカーペットの下になんて隠してあったのよ!!怪しい!怪しすぎるわ!!初恋じゃないなら…まさか現在進行形なの!?てるちゃんロリコンだったの!?」
 「…あの〜まりあさん、一体何の写真だったんですか?」
 恐る恐る、といった感じで淳が尋ねる。
 「かっわいい幼稚園児」
 「へぇ〜マスター、幼稚園で初恋?結構やるじゃん」
 店内の騒動はどく吹く風、マイペースにコーヒーを飲み続ける晶がしっかりマスターをからかった。
 「だから、違うんだって!!これは…〜〜〜〜っ」
 なんだか悶え始めてしまったマスターを横目に、晶は
 「別に目くじら立てなくたっていいじゃない、まりあさん。初恋がどうあれ今は今だろ」
 と、まりあに言うのだった。…だが。
 「だって…だって…」
 まりあはなんと半泣き状態である。
 「だってその子あたしと全然タイプが違うんだもんっ!!そういう子が好みならあたしなんか完全にアウトじゃない!!だからいつまでたってもあたしになびいてくれないんだ〜〜〜っ」
 …いや、充分なびいてるって。
 誰もが心の中でツッコミを入れた。だが、まりあはすっかり泣きモードに入っている。
 「だから違うって!これは…これは……俺なんだよっ!!

 …店内は水を打ったように静かになった。
 ……苦しい。
 彼の誤魔化しはあまりに苦しすぎて、誰もフォロー出来そうになかった…。
 沈黙をはじめに破ったのは他でもないまりあだった。
 「嘘を付くならもう少しマシな嘘がつけないのっ!?一体誰がそんなこと信じるって言うのよ!!さぁ吐きなさい!その子は誰なのよ!!」
 と、マスターがブチ切れたまりあに迫られている隙に、義武は彼の手元からさっと写真を取り上げた。
 「あ…っ待て義武っ!!」

 そこに写っていたのは、幼稚園の園服を着た子供だった。
 …サラサラ栗色のショートヘアに、潤んだ大きな瞳、薔薇色の頬をしたなんとも愛らしい子供である。
 なんとなく弱々しく儚げで、内気そうな…そう、確かにまりあとは正反対の印象である…。

 「…………………」
 義武の脇から淳と晶も写真を覗き込み、揃って固まってしまった。



 「その子がどうしててるちゃんだっていうのよ!?どう見たって可憐な女の子じゃないのーーーっ!」
 「そう言われてもだなぁぁぁ」
 もはや手のつけようがなくなりつつあるとき、義武が声をあげた。
 「まりあさん…確かにこの子、男の子ですよ」
 「え………?」
 「だってほら、園服の前あわせが右前ですよ」
 義武の指摘に改めて写真を見る一同…。と、晶が懐からルーペを取り出して写真の一部を拡大して見せた。
 「おまえなんでそんなもの持ってるんだ…」
 義武の呆れ声も聞こえるが、それはこの際置いておいて。
 「まりあさん、これ!!名札がうっすら読み取れるぜ!ホラ“しんぎょうじきよてる”って…!」
 そう、その麗しげで雅やかな名前は紛れもなくここの店長たる大男の名前で…。
 「………!!!!!!!」

 「うそぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

 まりあの絶叫が店内にこだました……。


 「だから、見せたくなかったんだ!!古い本を広げてみたら出てきて…見られないように隠しておいたってのに、なんだって見つけちまったんだよっ!!」
 泣きたいのはこっちだ!!…と言わんばかりのマスターが抗議の声をあげた。
 「マスター…そんなに見られたくなかったなら燃やすとかしちゃえばよかったじゃないですか」
 義武が言うことはまぁ正論だろう。
 「そうはいっても写真ってのはそう簡単に燃やしちまっていいもんじゃないだろう!?なんであれ記録であり思い出であり…ってシロモノなんだから」
 …マスター、意外と可愛い。
 淳はこっそりそう思ったが、口に出すのはやめておいた。恐ろしすぎる…。
 「しかしまぁなんだな…」
 ふぅ、と晶は一息つく。
 「あの可愛らしい男の子がなんだってこんな身長2メートル近い筋肉隆々の大男に成長するんだ?ありゃあはっきり言って詐欺だよマスター」


 …その昔、体が弱くて病気がちだった清輝くんは、体質改善のためにせっせとスポーツに精を出した。
 その甲斐あってすっかり体力がついて健康になった。そうなると、今度はぐんぐん成長した。
 そもそも体格のよい両親を持つ彼には、大きくなる因子が十二分に備わっていたのである…。
 小学校中学年で学年一大きな児童になり、中学の時にはすでに体育大に通う学生に劣らない体格になっていた…。


 「あ…あたしより可愛い………」
 衝撃が大きかったようである。まりあはまだショックから立ち直れない…。
 「んなッ…なわけないだろっ!俺は男なんだから!」
 「男の子になんて見えないもんっ!そんな…そんなに可愛いなんて!!ひどいよ〜〜〜っ!!!」
 「ひどいって…あぁもうどうしろっていうんだよ!!!」
 「そりゃ、可愛いよ…とか、愛してるよ…とか言ってやればまりあさん立ち直れるんじゃない?」
 晶がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、成功確実な提案をした。

 「それにしてもさ」
 淳がこっそり義武に耳打ちする。
 「マスター、丈夫になってよかったよね。だってあのまま大きくなってたらまりあさん、マスターのこと好きになってないかもしれないよね」
 「それは…確かにそうかも……」
 なんとも複雑な表情をした義武が、淳の意見を肯定したのだった…。


 …ちなみに後日、オレたちはまりあさんの幼稚園児時代の写真を見る機会があった。
 幼いまりあさんはマスターに負けないほど可愛かったけど…なんというか…まさにまりあさんなのだ。
 顔に引っかき傷をこさえながらも誇らしげな表情をしている幼いまりあさんの背後には、彼女以上に傷だらけになって泣き喚いている男の子たちの姿が写っていたのである…。
 …それがどういう状況なのかは、聞かずとも一目瞭然だった。

〜The END〜
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