目撃者(1/3)

 彼の仕事は、制限速度を無視し、しかも騒音を撒き散らしながら天下の公道を群れになって突っ走るバカなガキどもをしょっ引き、説教をくれてやることだった。
 今はその任から解かれたものの、たった一つ心残りがある。それは一帯を仕切った暴走族「ガンマン」を、結局一度もしょっ引けなかったことだ。
 彼の名は島…仕事仲間からは「クマさん」の愛称で呼ばれ、暴走族の間では狙ったら食いついて離れない「スッポンの島」の異名で畏怖され…そして今、元ガンマンのメンバーたちからある「事件」の数少ない目撃者として注目を集める男である。


 その事件―事件と呼ぶのも語弊だらけだが―とは、メンバーたちがいまだに「頭」として崇める元トップ・真行寺清輝と、彼らのアイドル、マスコット兼メカニックの穂波まりあが大ゲンカして壮絶な仲直りを遂げた一連の騒動を指す。あくまでそれこそが「事件」であって、そこにまりあが痴漢に襲われそうになったという出来事は含まれない…(というか、彼らは知らないのである)。
 含まれはしないものの、島がこの「事件」に関わりあうことができたのはひとえに哀れな痴漢青年のおかげである。こう言ってはなんだが、彼の無謀な行動がなければ、この「事件」は解決(すなわち仲直り)さえしなかっただろう…。

 あの日、痴漢を捕まえたという通報で駆けつけてみると、そこには懐かしいまりあの姿があった。
 (なんとまぁ…運の悪い男だ)
 犯人に抱いた第一印象はまさにそれである。
 聞けば、たまに見かける可愛い保母・まりあに恋心を募らせ、その気持ちが打ち明けられずについにこんな行動に出てしまったという。
 確かに、まりあは可愛い。
 ついつい襲いたくなる気持ちもわからないでもないが、いかんせん相手が悪い。
 この可愛い外見とは裏腹に、かつてガンマンのマスコットとして、荒っぽいことで鳴らしたお嬢さんである。犯人もひ弱だったとはいえ、すぐさままりあにバッグでぶん殴られて吹っ飛び、骨にヒビが入るというこの始末…。おまけに、その拍子に自分のナイフで自分を傷つけてしまったというから目も当てられない。

 …こんな逸話がある。
 ガンマンの族旗は白地に「GUNMAN」と赤く染め抜かれたいたってシンプルなものだが、他の族との抗争のたびにその旗に赤いシミが増えていくのである。
 「まりあさん、その旗そんなに赤い色がとんでましたっけ?」
 「この辺なんか、赤っていうよりなんか赤黒いというか…茶色くなってますね」
 「ああ、それ血じゃない?ホラ、あたしそれで連中ぶん殴ってるからさ」
 以来、族旗はガンマンのシンボル、そして、まりあのシンボルとなった。
 彼女はまぁ一応普通の女の子なので腕っぷし自体はたいしたことはないのだが、
武器を持たせると敵なしだった。あのちっこい体でよくもまぁそれなりに重さのあるであろう族旗を振り回したものだとつくづく思う。

 …しかし、いくらひ弱な痴漢とはいえ、襲われそうになったとあってはまりあもショックが大きかったらしく、一見怯えているようだった。
 「まりあ、真行寺に迎えに来てもらうか?奴が来たらもう帰っていいぞ」
 「…でも、てるちゃんとは今ケンカ中なの」
 まりあは昔「トップ」と呼んでいた男のことを、今ではやけに可愛らしい愛称で呼んでいる。島の知る限り、そんな呼び方をするのは彼女だけだ。
 ともかく、そう言ったまりあの口調は意外としっかりとしていた。よく見ると、怯えているというよりなにやら怒っているように見えてきた…。
 「そんなもん、一時休戦だ。待ってな、サ店に電話してきてやるから」
 そう言い置いて、島は電話機に向かった。電話帳を繰り、喫茶ガンマンの文字を探す…そこにかけると、出たのは若い男だった。高校生くらいの少年だろう、バイトだろうか。
 「それは義くんよ。ホラ、覚えてない?あたしがガンマンやめるちょっと前にてるちゃんが引っ張ってきた子よ」
 「あぁ、あの中坊か」
 まりあも暴走族にはそぐわないが、あの少年もミスマッチもいいとこだった。
 育ちのよさそうな、えらく整った顔立ちの見るからに真面目そうな少年だ。噂によると彼は真行寺をのしたとかいう話だが、島は信じていなかった。
 「まぁ、真行寺がくるまで仲良く昔話でもしようじゃねぇか。どうだ、幼稚園は?楽しいか?」


 ……さて、こんなわけで島は懐かしのまりあに再会したのだが、さらにこの後この警察署始まって以来の珍事の「目撃者」になるわけである。
 よもやあんな前代未聞、空前絶後の場面に居合わせることが出来ようとは…島はあの哀れな痴漢青年と自分の幸運に感謝した。
 この珍事の成り行きこそ、元ガンマンのメンバーたちが関心を注いでいる「事件」に他ならない。

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