HOMECOMIC番外編

目撃者(3/3)

「ガンマン」はおよそ6年間、たった一代で解散してしまった暴走族である。
 解散後も真行寺とまりあ以外のメンバーはまだ走っているのだが、彼らは「ガンマン」の名を引き継ぐことを拒否し、別の名を掲げている。
 彼らにとって真行寺とまりあがいる場所こそが「ガンマン」なのであり、彼ら無くしては「ガンマン」たり得ないというわけだ。それほどまでにあの二人の存在は強大だったのだ。
 そんな族のトップがいまやサ店のマスター、マスコットは保母さんなのだから…まったく何が起こるかわからないものだ。

 先に族をやめたのはまりあだった。
 その噂を聞きつけたとき、島は彼らが入り浸っていた喫茶店、びいどろに顔を出した。今では真行寺が買い取り「ガンマン」と名を改めたあの店である。
 ガンマンの連中はツーリングをする時間だったが、まりあはいつものカウンター席で一人コーヒーを飲んでいた。
 「まりあ!おまえガンマンやめたんだって?ちくしょう、俺が捕まえる前に引退か?」
 「島さん」
 初めて見たときは中学生かはたまた小学生かと思ったものだが(ちなみに高校生だった…)、保母になって以来めっきり女らしくなった気がする。
 「どうした?やっぱり保母やりながら夜は族に顔出してってのは身がもたねぇか?」
 「そんなんじゃないわよ。そりゃま、確かに忙しいけどさ」
 「じゃあどうしたっていうんだ?バイク狂のおまえがなんでまた…」
 「これはね、トップを振り向かせるための策略なの」
 「はぁ?」
 「だってさ、こうでもしなきゃいつまでたってもあたしのこと、女として見てくれない気がしてさ」
 …大きな声では言えないが、このとき島は真行寺に嫉妬したものである。

 なにを隠そう、島はまりあがお気に入りだった(といっても島のみならず、ガンマンのメンバーたちをはじめとして、敵対していた族や若い警官たちにもアイドル視されていたのだが…)。
 なんせまりあはモロに島の好みのタイプだった。
 島は美人系よりは可愛い系が、淑やかよりはじゃじゃ馬が好みなのだ。それで家庭的ならばなおよろしい。なにやら矛盾している気もするが、多少の無理があるのが理想というものだ。
 それに、実は島の別れた妻はまさにこの理想どおりの女だった。一回りも年上の島のプロポーズを「刑事の妻なんてスリリング!」といって受けてくれたのだが、子供が産まれて一年とたたないうちに三行半を叩きつけられてしまった…。仕事に夢中、すなわちよその子供ばかりにかまけ、我が子を顧みなかったのだから、それも無理はない。家庭的だったのが災いしてしまったようだ。
 (あと20若けりゃ口説いてたかもなぁ…)
 しかし、理想どおりだった妻とうまくいかなかったのだから、同じく理想どおりのまりあとうまくいくとは思えないが…。
 ともあれ、そんなわけで島は真行寺をひそかに目の敵にしていたりする。
 しかし、島はガンマンが好きだった。そして真行寺のことも高く買っていた。まったく、まりあは見る目がある。
 最終的にガンマンのメンバーは100人近かったはずだが、それだけのライダーが乱れることなく道路を走り抜ける姿は壮観だった。あの統率の取れた走りは、今でも瞼に焼き付いて離れない。
 それこそ、あと20若ければまず間違いなくメンバーに加わっていただろう…。


 「島さん、いいかげん教えてくださいよ!一体トップとまりあさんの間になにがあったんですか?」
 …あの日のことを思い出す。
 それまでに見たこともないほど深刻な表情で、鬼門であろう警察署に飛び込んできた真行寺の姿を。そして、一気に緊張を解いたまりあを。
 『ガンマンスペシャルブレンド』をすすりながら、島はにたにたと顔を歪めた。
 「島さん、余計なことしゃべったら、どうなるかはわかってるよなぁ…?」
 真行寺がカウンターの向こうから、それこそ気の弱い野郎ならすくんでちびっちまいそうな恐ろしい顔をして睨みを利かせてくる。
 「てめぇらも、余計なことくっちゃべってんじゃねぇ!叩き出すぞ!!」
 ひぇぇぇ、すいませんトップ~~、とまったくもって哀れな声をあげて詫びを入れている。

 …そう、しゃべりゃしないさ。

 窮地に立たされたおまえが、どうやってまりあのご機嫌取ったかなんて…。
 (くくくくくくくく…)
 人の悪い笑みを浮かべて、島はメンバーたちの顔を見た。

 このくらい独り占めしたっていいだろう?
 おまえたちはあのガンマンで、こいつと、そしてまりあとともに時間を過ごしたんだからさ。

 「あれ~?島さん、また来てるの?」
 「おう、まりあ!いやなに、意外とうまいコーヒーを飲ませやがるからつい通っちまってな。まぁ座れや、コーヒーくらいおごってやるぞ」
 「おごり?じゃあケチケチせずにケーキもつけてよ。義くん、今日のオススメは?」
 「今日はスフレチーズケーキがおいしいですよ」
 あの頃中坊だった少年も、すっかり大人びてさらにデカくなった。カウンター席にいる尻尾結び…何とかテールとかいう髪型をした少女は彼女だろうか?ちょっとお目にかかれないような、ものすごい美少女だ。まったく隅に置けない。
 (いいねェ…若いってのは)
 今度の休みには娘に会いに行こうか。
 しかし、息子なら一緒に酒を飲み交わすってのでもいいだろうが(ん?待てよ、飲酒年齢に達していたっけ??)、娘相手にどうしたらよいのやら…。
 まさか、バイクには乗らないだろうし…会話のネタに困るのは目に見えている。
 そう、困ったら、こいつらの話をしてやろうか。案外受けるかもしれない…。
 そんなことを考えながら、ふと向かいに座ったまりあに目をやると、彼女の手元にはコーヒーと、いつにまにやら、ケーキが三つも並べられているのだった…。


 …この後、島が娘に会いに行ったかどうかはまた別のお話。
 かくして、「事件」の真相はいまだ謎のままなのである。

~The END~