HOMECOMIC番外編

災厄の夜(4/4)

急遽メニューを変えるしかなさそうだ。
 野菜はまだあるので八宝菜は大丈夫、スープの材料も揃う…問題は肉がないことだ。
 (肉がなくても何とかごまかせるものを…よし、天津飯にしよう。あれならたいして肉も使わない。肉なしでいこうじゃないか。)
 ネギと卵を買い足して、義武は大急ぎでスーパーを出た。
 この時、時計の針はちょうど10時を指していた。


 「ただいま!ごめん、遅くなっ…」
 言葉はそれ以上続かなかった。
 (な…なんだ、この臭いは…ものすごく焦げ臭い…しかも油臭い)
 台所の戸を開けようと手を伸ばしたとき、ちょうどそこから淳が出てきた。
 彼女は慌てて戸を締める。
 「お…おかえり義武」
 「……どうしたの?その格好」
 見ると、淳の綺麗な顔は所々煤けて黒くなっている。袖は捲り上げているし、なにやら洋服もべたついているような…。
 「とにかく、夕食の支度するよ。まだ食べてないんだよね?」
 ドアを開けようとする義武を、淳は慌てて遮った。
 「わ~~~~っ!!待って待って!開けちゃだめ!」
 「……さては…何かしたな?」
 焦げ臭さを感じたときから予期していたことだが、改めて確認してみた。
 「お…怒らないって約束して!お願い!悪気はないんだから!」
 「怒らないよ。遅くなったオレが悪いんだし…何か作ろうとしたんだろ?」
 そう言って、ドアを開けた……。


 そこにはかつての整然とした姿は見る影もなくなった台所があった。
 床には野菜が散らかってるし、油もこぼしてしまったらしい。それを必死に拭き取ろうとしたらしく洗剤が転がっているし、泡ぶくが残っている。流し台には洗い物が溢れている。コンロにはフライパンがかかっているが、中身は完全に炭と化した謎の物体が…。
 なんとか足の踏み場を探して冷蔵庫の前までたどり着き、その扉を開けて言葉を失った。

 ……冷蔵庫の中はすっからかんになっていた。

 野菜もない、もともとあった分の卵もない、その他もろもろの食材もない…あるのはぜいぜい調味料-ケチャップやらマヨネーズやらドレッシングやら-くらいのものだ。
 「いやぁ、難しいなぁ中華料理って。いろいろ試したんだけど失敗しちまった」
 淳と似たり寄ったりの格好になった晶がフライ返し片手にそうのたまった。ごめんねごめんね、元通りに綺麗にするから~~、と淳が傍らで頭を下げる。
 一体どうすればこれだけ滅茶苦茶にできるんだろう…。どうやら頭の出来と料理の腕との間には何の相関関係もないらしい。
 だいたい、義武の所持する中華料理の本はかなり上級者向けだ。淳や晶に扱える代物ではない…。
 いまさら何を言ってもしょうがない。これで八宝菜も中華スープもできなくなってしまった。具はネギだけの天津飯しか作れない。
 だが、炊飯ジャーを開けて義武は固まった。
 ご飯もない!!!
 …ま、まさかフライパンの中で炭になっているそれは…。
 「ああ、チャーハン作ろうと思ったんだけど、火加減失敗したんだ。あはははは」
 彼女たちの魔手は冷蔵庫のみならず、ジャーにまで伸びていたのだ…。
 「……外食するか」
 義武は言った。
 「え?でも…義武何か作るつもりじゃないの?」
 「晶!おまえのおごりだからな!!さもなきゃ、夕食はゆで卵かスクランブルエッグか目玉焼きだけだ!」
 「わかったわかった、オレが全面的に悪い。認めてやる。腹も減ったし、とっとと行こうぜ。」
 「でも、台所片付けなきゃ…」
 晶の非常識の前では淳がとてもマトモに見えた…。
 「まずは腹ごしらえしよう、淳。帰ってからじっくり片付ければいいよ。だいたいこれを片付けるのは半端な時間じゃ無理だ」
 「……!!!ご…ごめんなさい~~~~!」

 被害が台所一室ですんでよかった。
 下手をしたら家が吹き飛んでいたかもしれない…そう思わずにはいられない義武だった。


 ――ちなみに、淳がカップラーメンの存在を知るのはもう少し先のことである…。

~The END~